がんばらないTURBO

元不登校かつ人苦手マンなもんで、大体うらみごとと考えごとをしている。そしてブログにまとめる。音楽、お笑い、e-Sports、本、投資、うすぼんやりした美術鑑賞。

ウェブとホームページは違うと主張する意味はないという話

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 単に意味の話ね。言葉の確からしい意味って難しいという話です。

 インターネット黎明期にしょっちゅう語られたことであって、ブラウザの「インターネットオプション」とかを操作しておると『~をホームページに設定』という言葉がある通り、ホームページという言葉は、「一番始めに表示されるページ」という意味なんですよね。『意味だった』と書くべきか。間違った使い方をすると、指摘される対象だったわけです。ウェブでいいますと「index.html」のことであったり、僕は「ブラウザを立ち上げた際に一番初めに表示されるページ」という意味で覚えていました。

mw-s.jp

 こちらにもある通りでございます。別に僕は、本来の意味がどうたらと書く気はないのです。

 「みんな間違えると、間違えてる方が本当になる」ってことがよくある話でして(ボンバーだったりカート・コバーンだったり)、とはいえ、僕はインターネットおじさんとして生きてきたせいで、世間の方がいくら「ホームページ」をウェブサイトの意味合いで使用しようとも、僕に関しては、ホームページは作るときか設定するとき以外は、「ウェブ」とか「(ウェブ)サイト」とか言うようにしてきました。そして、僕が他人に対して「ホームページの意味違うよ」と言うこともありませんでした。

 

 すると、とうとうですね、きましたね。そのときが。

 

 ある日お話しているときに「ウェブが~」と僕が話したところ、相手の方に半笑いで「ウェブってなんすか、ホームページでしょ」と注意されたんですな。

 僕は伝家の宝刀を抜きまして、ホームページはindex.htmlとか、ブラウザで初めに表示されるページのことを言うんだよ、とできるだけ偉そうにならないよう気をつけながらお話しました。相手の方はポカンとしていました。理解はしていたのかもしれないですが、恐らくその違いについて毛ほどの興味もなかったのです。そして僕は、「ブラウザで~」のブくらいで話し始めたことを後悔していました。

 正しい正しくないで言えば、多分僕のほうが正しいということになるんですけど、興味のないことなんて「どっちでもいい」というのが正直なところじゃないですか。興味が無いから、先に目立ってきた「ホームページ」という言葉が、ウェブに成り代わっても気にしないでおれた。「本来は」とか、「そもそも」とか、言い出した方って大体 根っこから解決できないことをわかってて、その上で正しさでぶん殴りたいだけですわ。

 僕も長々と生きてて、理解しているつもりだからこそ、自分が「ホームページ」をウェブサイトの意味で使わないだけで、人が「ホームページ」って言ってても、別に指摘とか注意とかしようとは思わなかった。

 が、実際、「お前が間違えている」ということを指摘されたとき、「いや、俺は間違えていない」ってすげえ言いたかった。で、言った。意味なかった。

 どうしたら良かったんでしょうね。

 僕は、「俺は間違えてない」ってことを主張せざるをえなかったのが嫌だったんですよ。多分相手はこの情報に興味ないし、時間の無駄になる。なんか、頭固い奴みたいだし(固いが)。「あ、そうだったの?」とカマトトぶるのも、これに関しては何か抵抗あった。

 それから、時流に飲まれて、「摩擦を避けるために、ホームページという言葉をウェブサイトの意味合いで使う」ということも嫌だった。それを変えるんだったら、自分のタイミングで変えたい。今じゃなかった。

 

 など考える自分を「何の意味もないぞその拘り」と冷たい目で見る自分がいる。

 いや、別にこだわってもないんすよ。

 間違ってないことを「間違ってる」と言われたら、耐え難い抵抗感があるっていうだけなんです。間違ってないことを「間違ってました」と認めるのはストレスだということなんですよね。相手がどうとかは別にどうでもよくて。

 

 でも僕、「社会的に生きる」ってことを、こういったことの集合体だと思ってるんですよね。「ウェブだかホームページだかでゴチャゴチャ言うような奴」は、極端な話「その程度のことで勝手に転んで死ね」っていうメッセージが社会にはあると思ってるんです。「何とも思ってませんでした!ホームページ最高!」と一番はやく表明した人間が、社会における有用性を獲得できんじゃないかなあ、と。

 そういうときに、「知ってしまっていること」って、本当に邪魔なんですよねえ。ガンダムは『モビルスーツだよ』と教育された世代からすると、『ロボット』の箱に放り込まれることは「違うんだけどなあ」と引っかかり続ける。引っかかった人間から順番に、恐らくマイナスイメージをを帯びてその人間性を語られることになりますやん。知ってる事自体、大したことであるにもかかわらず。

 そんなわけで僕は、今日まで「ウェブ」と言い続けてるのでした。