がんばらないTURBO

元不登校かつ人苦手マンなもんで、大体うらみごとと考えごとをしている。そしてブログにまとめる。音楽、お笑い、e-Sports、本、投資、うすぼんやりした美術鑑賞。

「若いね」って言うことは褒め言葉と思ってんじゃないよ

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「若いね」と言われたいと思ったことはない

僕は今年で35歳の現在なのですが、年齢より下に見られることが多いです。

て、いうのを書きますと「アーハイハイ自慢すか」という話になると思うんですが、僕は、ずっとそれを言われてきた人間として、『アーハイハイ自慢すか』の感じすらも”違う”って言いたいんですよ。

 

まず僕ですね、男前じゃないんです。それがわかってる程度には生きてきました。モテ風でもないです。

そして、オシャレでもありません。

また、精悍な体つきをしてるわけでも、肉体労働でこんがり日焼けしてるわけでもありませんし、運動もやってません。

若い嫁がいるわけでもないです。

「若く見られたい」と思ったこともないです。

 

あとなんだ、若く見える要素。大体こんなもんですか。

 

もう一つ、一般的な「若く見える人」ってのもなんだかわかりませんが、僕の場合はですね、「ずっとそうだった」っていうのが違う点かと思います。

つまり、14歳のころ12歳に見られたり、18歳のころ15歳に見られたり、25歳のころ20歳に見られたり、30歳のころ23歳に見られたり、34歳のころ26歳に見られたりしてきた人生なんですね。決して、一般的に『若い』ってことがありがたくない年齢から、僕は歳より若く見られてきたんですよ。

 

状態としての「若さ」

はい、この時点で、僕が「若い」といわれる所以、見当つきますかね。

僕が若く見える理由って、「顔がただ幼い」ってだけなんです。眉毛も整えてないし、はやりの髪型や格好をしているわけでもなく、中肉中背で、ハンサムでもなくて、見るからにアクティブな感じは全くない。

 

35歳男性が”童顔”という一要素だけで、若く見られるってのは、どうですか。

気持ち悪いでしょう。実際、おじさんの童顔ってキモいでしょう。

はい、結論、僕はキモいんです。

苦労は顔のシワに現れるなんてことを言いますが、僕はキモいし、「顔に苦労が現れてない」「ガキみたいな人生過ごしてきた」と指摘されているような気になるのです。

 

僕は「アハア…もう30半ばでして…エヘエ…」と答えて「見えへーん」みたいな反応が返ってくるたびに「ああ、俺気持ち悪いんだな」と思います。

初めて会う方、特に今後付き合っていく可能性がある方なんかだと、社会性をそれなりに発揮させて、まあ何か見た目のこととか、その場で話したこととか取り上げて、心込めず、軽くワッショイしたりするじゃないですか。相手のこと。僕だってします。

でも、僕は「若く見えますね」って言われるたびに、傷ついております。

言った方には自覚がないだけに、僕の傷つきの説明がつきづらいのが困る。

 

「幼い」という褒めは存在しない

なんで人が迂闊に人の見た目で「若い」と言うかというと、若いって言葉そのものにプラスの要素があるからですよね。

僕の見た目を「若い」と評した方は、後ろめたさのカケラも見せません。当たり前ですわ。だって、どっちかというと「与えた」という感覚があるから。文句言われる筋合いはない、という感覚だろうし、実際それを言って喜ばれたりすることがあったのだと思う。

ただ、この「若い」って言葉は、「ただただ顔が幼い」っていう連中に限っては褒め言葉にならないんですよ。彼らにとっては、「リンゴが赤い」とか「ウンコがくせえ」といったフラットな状態で「顔が幼い」ってだけだから、「アハア…」ってなるだけなんです。

まあもちろん、顔が幼い連中自身の中にも、一般的感覚のまま「若いってことは褒められてるやんラッキーいたっきゃーす」と言葉そのものをいただく人もいるだろうし、その場合は『与える<=>受け入れる』の関係が問題なく成立するからいいんですけどもね。

僕の場合はもう、無理なんです。

僕の顔を見て「若いね」って言っている人たちは、「おいしそうなリンゴだね」って言っているつもりで「赤いね!」「すっごい赤いね!」「切ったら白いね!」「みかんじゃないね!」「青森でよく取れるやつだね!」て目をまんまるにして発言してるだけなんです。ハンサムだったりオシャレだったり精悍な肉体をしている人たちに「若いね」って言ってるのと同じ感じで言うから、自分でもわからんようになってるんです。

 言われた僕は、「アハア…そうなんすかね…ザッス…」と、向こうが『与えてやった』という感覚がある以上、気分を害さないような、且つ、自分がこれ以上傷つかないような返事をするように心がけます。

でないとね、冒頭のように『アーハイハイ自慢すか』って思われるんですよ。

怖くないですか。

俺が求めて顔が幼いわけでもなく、「てめえがそう受け取ってるだけ」なのに、「若さを鼻にかけている」って思われるんですよ怖くないすか怖くないすか!!!!若くないんすよ顔が幼いだけなんすよ怖くないすか!!!!!!

 

調子に乗ってないように言葉に気をつけながら傷つく

「いやー、もう30超えてからですね…」と話し始めたら、「34歳やろ?なんで下に言うの?」とイラついた調子で釘さされた、みたいなこと結構あるんです。

下に言ってへんやん。現に30歳超えてるやん。嘘ついてへんやん。

『30超えたてみたいな顔すんなよ』ってお前が思っただけやん。

現に幼く見える顔があるから、『若く見られたくて必死』という僕のイメージがその方にあるんだと思うんです。見られたくないのに、お前が勝手にイメージ持ってるだけなのに、鼻にかけてないのに(かける意味がないし)、僕は常日頃から「おじさんだと自覚ありますよ」っていうのを周囲に軽くアピールしておかないと、不快を撒き散らしてしまう存在になるんです。そして僕は、望んで顔が幼いわけでないし、自分を気持ち悪いと思っています。望んでないことが何個重なってんだよ。

こういう釘が飛んでくるたびに、自分の顔がただ幼いという状態を恨みます。

 

いいこと別にない

『若く見られる分にはいいやん』という発言もよくいただくんですが、何がですか。それは、僕が「若く見られたい」って望みがあった場合でしょ。

まじ何がいいんですか。俺35歳なんですよ。26歳に見えて何がいいんですか。

例えば僕のことを「うわーまるで26歳だな」と思って話しかけた人がいたら、ゆくゆく会話の中で10歳くらい上であることがわかって、「あ、そうだった…んですか…サーセン」てなって終わりでしょ。若く見えたところでハンサムでもなきゃおっぱいギュウギュウ揉ませてくれんでしょうがよ(ハンサム流れ矢)。

そして、だんだんこっちも苛ついて、ブログに文句書くくらいにはなります。

もはやおじさんになって、顔が幼いという状態が「気持ち悪い」という不快虫と同じ領域に入っているにもかかわらず、うっかりした発言で「調子乗ってる」と取られかねないから、それを嫌がってるとも欲しがってるとも取れない態度を調整して取り続けなければならないんですよ。

面倒くさくて嬉しくもない。まじでメリット一つもないですよ。

 

いや、もちろんね、そうやって「褒めてる感覚」で「若い」って言ってくれる人は、大体常識あるいい人なわけで、そんな人に何か言うことはないです。「ザッス」って言ってます。

でも、言うことに疲れちゃうことはあるんです。