がんばらないTURBO

元不登校かつ人苦手マンなもんで、大体うらみごとと考えごとをしている。そしてブログにまとめる。音楽、お笑い、e-Sports、本、投資、うすぼんやりした美術鑑賞。

雑誌に読みたいものが何もない

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 先日治験に関連して入院のほうぶちかましてきたのだが、治験病院というものは、病院内部がちょっとした漫画喫茶みたいになっておりまして、「雑誌ならなんでも」とはいかないが、ゲーム、ファッション、ギャンブル、漫画雑誌のメジャーどころを常に最新号取り揃えているんですね。

 その並びの前に行って、体がピクリとも動きませんでした。読みたいものが一冊もないんですよ。

 読みたいものがない、は言い過ぎかもしれんですが、敢えて読みたいものが特にないと言いますか。でも、これってさ、毎週なり毎月なり、定期的に発刊されてるものであって、そこにはライターや編集者やカメラマンがいて、発売する出版社がいて、大勢の人のメシの種になっているというのに、「こんなにニーズが無くていいんだろうか」と何か急に怖くなってきたんですよ。

 

 一番手前にあった何かファッション雑誌を手にとって、パラパラめくってみると、外タレが写真誌に撮られた際から見るファッションの変遷、みたいな特集があって、「ポロシャツがピタっとしてる!」みたいなキャプションがついてました。これじゃないな、と思って閉じました。

 かつて僕は、ファミ通を毎週買っていたし、スピリッツを毎週買っていたし、Quick Japanも1年位だけ買っていた時期があったし、声優グランプリとかロッキング・オンを買っていた時期もあったんですけど、買っている最中にふと、半分くらいしか読んでないことに気づくんですよ。そして、その紙の束が、自分にとってさっぱり重要でないということにも。雑誌のコンセプトになっているカルチャーに冷めだしたってことなのかもしれないんですが、実は自分には好きなものなんて何もなかったんじゃないのかという目覚めのような感覚がきて、買うのを止めてしまう。

 雑誌って、自分がまるでそれに興味があって、夢中になっているような誤解を得るアシストの役割もあると思うんですよね。『俺はこの文化に金を払っているゆえに夢中なのだ』みたいな。違うかな。違う気がしてきた。

 

 株とかスロットの情報みたいな、実利と直結するような雑誌は少し興味がそそられたけど、情報の値段って、いま相当ダンピングしてますやんか。言ってみれば、毎月のインフラ代にある程度含まれてしまってる。今、興味の勢いを補強するための雑誌購入って、相当難しくなってると思うのでした。

 

 それとは別に「雑誌作って収入を得る」って超楽しそうとは思ってしまう。これって、売上が下がっていく恐怖感とは距離を置いている人間の感覚だとはわかってるんですけど、こうやってブログをダラダラ書いていますと、自分の脳一つから情報を出すことの限界はすげえ感じるところでして、「許されるなら他人の金で取材してみたい」とか考えるのでした。

 

 なんかとりとめなく書いてしまった。

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