がんばらないTURBO

元不登校かつ人苦手マンなもんで、大体うらみごとと考えごとをしている。そしてブログにまとめる。音楽、お笑い、e-Sports、本、投資、うすぼんやりした美術鑑賞。

投票率が低いから高まれと煽りなさんな

 ちょっと前選挙ありましたやん。

 僕ですね、今の所投票については皆勤賞で、選挙権を持ってからは期日前など利用しつつ、全て行使しておるところでございます。

 

 特に政治に対して意識が高いわけでもなく、常に固定の支持政党があるわけではありませんが、選挙自体は娯楽としてわりと強度の高いものだと思っているし、その上で自分の住む国の将来が決められてるというのなら、参加しないという発想自体なくしたことはないです。使わんと損やん、くらいの認識。権利としてありがたがってる、て感じもない。まあ、人権とか類するものに対して実感を持つってのは無理な話かもしれない。

 

 僕は今の所、積極的に選挙に参加する若者、少なくとも僕がその時時の社会生活の場で出会った同年代の人のうち「選挙には欠かさず行っている」という人は確実に少数派だったように思います。常に、選挙に対しては「自分が行っても行かなくても同じようなもんでしょ」というスタンスであったように思います。

 ネットを開けば「選挙行くべし」な人たちがゴロゴロと存在するのに、不思議なもんだね。やっぱネットと現世というのは埋まらない溝で隔絶されてんだなと思うところ。

 そんな人達に出会うと、ある時期僕は、「選挙行ったほうがいいよ」という意見を「使わんと損」という上のような観点ですることがありました。別に、二言目にそんな話をしたわけじゃなくて、当然、話がそういう方向にむいた場合に、選挙をおすすめする意見を自分が行っても不自然じゃない流れになった場合、できるだけ押し付けがましくない言い方で言っていたつもりでした。

 そうやって意見をした相手が、その後選挙に行った話を聞いたことがないし、恐らく行ってないし、僕も確認はしていません。

 

 「選挙に行ったほうがいいよ(大意)」という意見を、慎重に選んだ言葉とタイミングである人に言ったとき、印象的だった反応が、言葉でどうというのははっきりと言えないのですが、明らかにコミュニケーション上で感じ取ったこととして『不快さ』があったことです。

 どうやら、その人の場合、選挙に行ったほうがいい、ということを人に意見されると、「選挙に向かう人は、政治について興味があり、述べるべき意見を持っており、理解していない自分は馬鹿にされている」と感じるがゆえに『不快』のようでした。多分ですがその人は、選挙に対してなんとなく行ったほうがいいような気がしているものの、行かずに放置して、かつ出てくる結果に対してなんの意見を持ち合わせていないこと(または挙がってきた不満のみ意見として持つこと)について、多少に後ろめたさを感じているがゆえに、改めて行ったほうがいいことを言われて苛ついた、ということのようでした。あのー、「今やろうと思ってたのにあーやる気なくした(やろうと思ってない)」という中学生男子のようなもんですかね。

 news.yahoo.co.jp

 

  なんでこんなこと書いているのかというと、選挙行かない人にとって「選挙行こうぜ」って無意味なんじゃねえかなあ、ということを思っているのでした。

 つまり、上記のツイートにあるような「とにかく行け馬鹿かよ(煽り)」っていうのは、なんとなくスティグマを植え付けるだけで、行かない動機とつながってないと思ったんですわ。

 

 僕、期日前投票が気軽にやれるようになったとき、その便利さにひっくり返ったんですよ。できるまでは、当日朝7時~夜20時という長丁場とはいえ、日曜に確実にそこに行って、たかが往復と投票合わせて20分くらい必要だったわけです。それだって、分数で言えば大したもんじゃないですが、「いつでも行っていい」という期間が数日あるだけで、こんだけ気が楽なもんかと思いました。「こりゃ投票率爆上げっしょ」と思ってました。

 でも、蓋開けたら、「ずっと行ってた人の一部が期日前投票に以降」したくらいで、別に上がることはありませんでした。行かない人はそれまでの不便さとか、投票券を行使できなかった悔しさとかも別に感じてないわけで、考えたら当たり前の話ですな。もちろん、時間的に投票できなかった人の参加もあったとは思いますが。

 

 「投票ってもんは、行って紙渡して、名前二回くらい書いてそれで終わり、時間も手間もかからん、わかんなくてもツラとか性別とかファッションだけで決めたっていい」とか、投票に行くハードル自体を下げに下げて、更には投票を可能にする時間を大幅に伸ばしても全く訴求しなかったわけなんだから、「5分も」とか「雨だから」とか「予定が」とか「政治に興味が」すら、投票率の低下とは関係がないんですよね。

 

 突然道端で見知らぬ人が「すいませんが、この次の横断歩道を渡った先に、赤いTシャツ着たおじさんが立っているので、ハイタッチ2回して帰ってきていただけますか」と声をかけてきたとする。

 掛けられた側は当然、「なんでですか」と返事をすると、見知らぬ人は「いや、もう、ほんとすぐそこなんで、お時間取らせないです、今後の日本のためなんで」ととにかく手間がかからないことと、無駄じゃなく、有意義であることだけを強調してきた。

 

 多分ですが、ワケわからんことをさせようとする感じってこんなではないか。本当に時間がとられないのだとしても、忙しくない、むしろ暇であったとしても、横断歩道を渡ってまで、損なのか得なのかわからんことに参加させられるくらいなら、そのまま無視したほうがいいじゃないですか。まあ、この場合「おじさんとハイタッチ」てワードに拒否反応出る人もいるかもしれんが、それは別のお話ってことで。

 それでまあ、N国党という、これまでは確実に泡沫であったはずの政党が今回議席を獲得したわけですよね。あれって、面白半分の投票と野党がこぼした投票と、NHKをどうにかするというワン・イシュー公約とインターネットお上手(言葉選んでおる)に、NHKに対して物想うマジな国民感情と結びついた結果であって、投票してなかった層にとっては、超絶分かりやすかったと思うんですよ。選挙・政局・政策のわかりにくさに対するカウンターなんですよね。

 

 だからまあ、少子化高齢化対策を謳うよりは、カーセックスと怒鳴る覚悟を持つほうが、選挙には有効な時代にはなってんだろうなあと思うところでございます。 

 そして、「選挙行かないのカッコワルイよ」と煽るよりは、より即物的な、それこそ「タピオカの容器の統一がいるんじゃね」っていう、ネットで超バカにされてた意見のほうが、意見が正しいかどうかはさておいて、実は投票そのものには近いことだと思ってるんでした(小声)。

 僕はタバコのポイ捨てをする人を見るたびに、「あの吸い殻捨てた腕切り落とす法律できへんかな」と思っているのですが、もし候補者が青龍偃月刀を振りかざして「当選の暁には、街中のポイ捨て民の右肩をもれなく切り落とします!」と言っていたら、警察に通報します。