がんばらないTURBO

元不登校かつ人苦手マンなもんで、大体うらみごとと考えごとをしている。そしてブログにまとめる。音楽、お笑い、e-Sports、本、投資、うすぼんやりした美術鑑賞。

ヤバめのおじさんはすぐ小便器の手前に小便を発射する(有罪)

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 話題の関係上「これ」つって写真を撮ることができないのが何であるが(あと面倒なので)(本音)、早朝駅のトイレなどを利用しますと、それが始発から2、3本目の電車の時刻であろうとも、男子トイレの小便器の床には小便が撒き散らされております。夜明けとともに音速で駅にやってきて、小便を撒き散らす虫でもおんのかと目がクラクラするものです。

 僕は生活サイクル上、10時にパチンコ屋にいることも多いのだが、僕が住むようなやや田舎めのパチンコ屋の開店直後、メダルを下皿に入れてとりあえずトイレに行きますと、開店5分後にしてもう小便器手前の床が濡れています。数滴のときもあれば、派手に濡れている場合もあります。

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 いつだったかテレビで、光浦靖子さんが「新幹線の便所行くと腹立つ、男どもはシューティングゲーム感覚で小便してんのか、できるだけ踏まないようにつま先立ちしなきゃならん、馬鹿か」みたいなことをおっしゃっていたことがありました。

 おそらく同じ男がやらかしたこととして申し訳ないような気持ちにもなったもんですが、今の生活サイクルになる前にそのテレビを見ていた僕としては、少し理屈で反発したいという気持ちにもなりました。

 女性の方はピンとこないと思いますが、お店や病院や出先などでパブリックに近い立ち位置の便所があったとき、大体目の前に「もう一歩前に進んでください」とか「いつも清潔に利用していただきありがとうございます」とか、まあ要するに「撒き散らすなよタコスケ」と施設管理者側から謂れのない小便撒き散らし罪を、男は常々吹っかけられており、多少なりとも意識する男性がほとんどであると思うわけです。アレですね「てめえ映画泥棒だな?」って毎回言われるのと同じ感じですね。よって、僕のような人間は「ホンマヤカマシワボケ」と一回頭に浮かんだのを打ち消してから、こぼさないように気をつけるわけです。

 

 しかし、まったく不可抗力な事態によって、こぼしてしまうことがあります。これはもう、気をつけた上でこぼす、本当にどうしようもない事態であると、自分を守るために言います。組織のボスからの暗殺依頼を受けて、スコープを除くとそこには妹の婚約者がいた、ということですね(相似)(違う)。

 安全を志向することと、危険をゼロにすることはまったく意味が違うように、便器に近づいて、発射口からまっすぐ出た場合をゼロ度とした場合、左右73度ずつ、146度の範囲ならばズレても問題ないというセッティングをしたのちに、右76度をえぐられたという経験が僕にもあります。年に1回か2回くらいあるかもしれません。その際はこっちだって混乱しております。これが交通事故でなかったことが幸いだと思うしかない程度には、不可抗力なことが起こるんです。

 じゃあその確率を単純に500回に1回不可抗力な事態が起こると仮定した場合、僕を基準にすると小便器一つ対して各1/500で発生する可能性があるといえます。これに身体的、精神的要素を加えていった場合、1/500で発生するという確率は適切でないかもしれない。加齢とかさ、絶望的な包茎とかでさ。親が泣くくらいの包茎とかさ。一応、包茎って書こうかどうか迷いながらこれ書いてた。この確率は、僕が思ったより甘い可能性で発生するかもしれないので、1/300で発生するとしよう。

 とした場合、1/300がどの試行回数で発生するかということを考えたときに、そりゃ5回目のときも60回目のときもあらあな。そして、1/300はあくまで適当に今言った「人の特性から出してみた平均」であるので、僕は1/500という自覚で生きているものの、僕のあとに1/50の人が試行した場合確率は一気に1/275になってしまう。その後1/200の人がくれば約1/250。確率は変動する。

 

 更にいえば、早めにこぼしが発生したケースでは、次回掃除をする人が現れるまでの間そこにこぼし小便(こぼれいくらみたいですね)が残り続けることになるので、

 

『(こぼし小便滞在時間)=

(次回掃除の人が出現するまでの1サイクル期間)-(こぼし小便発生時間)』

 

となる。早くこぼし小便が発生すればするほど、「そこに小便がこぼれている」という状態が長くなるという厳然とした事実がある。

 更に更に、人が小便器を利用する頻度は、掃除の頻度よりもはるかに高いことは当然のことなので、いつこぼし小便が発生した場合であっても多くの人にとって、基本的には「便器近辺に小便がこぼれている状態」を目にすることになるのは、ごく当たり前なわけです。

 よって、光浦さんの弁を聞いたとき「お怒りごもっとも」と思いながら、 男の排尿器官の特性上同情の余地があるということ、この場合新幹線というムチャクチャ不安定な地面という条件に加え、「確率でいつか誰かが必ずこぼす」「こぼしてから掃除までの期間は常にこぼれている状態を目にすることになる」ということが、新幹線こぼし小便問題をより深刻に捉えているのでは、という気がしたのでした。

 (余談:このテレビを見た後日、偶然新幹線を利用する機会があった僕はトイレを利用してみたのだが、舐めとんかと思うくらい床が小便で濡れててキレた)

 

 と、いうようなことを日々考えて(主にこればかりを)暮らして現在、気をつけて公共の場で小便をするおじさんを観察していると、「もう一歩前へ」等の嫌味ったらしい張り紙が確実に目の前に貼っている状態で、ウソみたいな距離を便器と空けたまま小便を排尿している現場を、もう100回以上目撃してきた。嫌味への反発ですらなく、そもそも目に文字が入っていない。入っていてもおそらく意味を消化できていないのだ。

 そして、おじさんは小便の発射力も基本的にしょんぼりしており、しょんぼりしている自覚が基本的にないようなので、水撒きホースの出だしのように、尿のイントロ部分を豪快に床に撒き散らしていた。滴単位でなく、ダカダカッと、着地の音が聞こえるくらいには。

 更におじさんは、小便の行方がどうなるかを一切注目していないことが多い。恐ろしい空間を空けて小便器前に立っているのに、小便が便器に着地しているかどうかの確認を取っていない。目の前をただ見ているだけ。空間、空気の粒を見ているように大体そういったおじさんは虚ろな目で中空を見ている。

 僕なんかは、足場になる場所に小便がこぼれていたら、その便器自体を避けたり、足の置き方を工夫したりしてできるだけ踏まないようにするのだが、救えないことに、こぼすおじさんは人の小便も平気で踏むことが多い。それが悪とかどうとかという感覚が腐って落ちているように見えた。

 

 かくして、早朝こぼし小便発生の件は、1/1000の事故を避けられなかった多くの人に対して、「別に俺んちじゃないから気にせんでいいや」「(何も考えてない)」という感覚の1/3事故おじさんが結構な人数この世に存在することで発生しているのだとわかりました。

  僕はそういったおじさんたちを教育して世の中を変えるガッツがないので、ヤバめのおじさんはこれからも小便をこぼし続けるのだろうと思います。諦めましょうか。