がんばらないTURBO

元不登校かつ人苦手マンなもんで、大体うらみごとと考えごとをしている。そしてブログにまとめる。音楽、お笑い、e-Sports、本、投資、うすぼんやりした美術鑑賞。

「ヒヤリハットの報告を買い取り制にしてはどうか」と提案したら沢山の職員に笑われたでござる

福祉は異様な職場

 僕は以前福祉職に勤めておりまして、「福祉界隈」の異様さについていろいろと思うところがありました。例えば、福祉職というもの自体に対して「勤めているのはやさしい人だ」みたいなイメージを世間が持っているのに対して、実際は「職業」という大きな枠組みのセーフティネットになっている側面もあり、僕の勤めた分野であるところの障害福祉では、職員側にも、おそらくは発達障害と思われるような、非常に飲み込み悪く、対応力の乏しい職員が数多く所属していました。

 また、福祉職の経営者というものは、経営の手腕が全くなかったり、金を稼ぐということに汚らわしさ・後ろめたさを感じているタイプもいれば、利用者は高齢者だろうが障害者だろうが、金を運んでくる肉人形としてドライに捉えているタイプまであります。当然、一度開始した社会サービスは、「継続それ自体が社会福祉」となっていくため、長く続いている組織は情熱の部分はある程度置き去りにしても、組織運用にステータスを大きく振った経営者・組織が残っていく傾向にあると思っています。

 真にやっかいなのは、情熱を長年保ち続けつつ、金儲けに興味が薄いわりに、金が儲けられないことに対してフラストレーションをため、自身で解決策を打ち出せないような人間が、組織のトップであり続けても特に不自然じゃないことです。この点が、社会福祉事業界隈の異様な点の一つであるなあ、と勤めていて思うところでした。

 

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自分の職場について

 つって、僕は社会福祉職界隈を渡り鳥のように過ごしたわけではないので、自分の勤めるところについては深く、関係事業所についてふんわりと知る程度にはなるのですが、僕の勤めている事業所については少なくとも、「真にやっかいな人」が事業所のトップでした。つまり、情熱があり、金儲けに興味が薄く、企業経営に驚くほどセンスがなく、これについて上昇志向もない人が組織のトップでした。

 

 具体的にどのような問題が僕の勤める事業所で起こっていたかというと、驚きの速度で人が離職していっておりました。まーどこもそうなんでしょうが。

 どのくらいのスピードで離職が進んでいたかと言いますと、ある年の10月から12月の3か月間、全従業員60人程度のうち15人辞め、年明けから採用活動をしていたところ、「採用活動してるんなら俺も」と追加で4月までに10人辞め、採用が年度始までに22人になったということがありました。

 また僕は、病的なマジメさのある人間なので、真面目さを買われてある部門の責任者に入職半年で昇進しました。手当はありません。ちなみに、その当時で福祉職は初めて就職したので、正真正銘、半年のキャリアで部下がいる状態になりました。これは当然、僕の能力が買われたというよりは、キャリアのある人間の中に僕よりマシに見える人間が一人もいなかったということですな。

 

僕の職場で人が辞める理由について

 なぜそこまで人が辞めていくのかというと、山ほどある理由の一つに、仕事のできる人間が重い職務を負う上に、仕事のできない人間と給料の差ができていないという、職務の重みづけや人材の配置に失敗している職場でありました。それは同時に、情熱を安価または無料で買い上げられる職場であって、管理職が存在せず、管理職の役割を果たすべき統括責任者が無能であるということでした。

 「職場に上下の関係性を作らず、発見した人間が仕事を作って周囲と協力してこなそう」というルールのようでルールでないルールがある以外は、基本的に職員は放置されているために、無能はのさばり、有能は負担を負い、飽きたり嫌気が指した人間から順に辞めていき、残るのは常に「生活のため」と派手な割り切り方をした人間、社畜体質、あらゆる網の目をくぐった無能中の無能のみ。新人が入っても、手本となる人間がおらずどんどん辞めていく状態でした。そして、人手がいなくなれば地元の求人広告やハローワークに募集をかけて補うということを延々と繰り返している職場でした。

 当たり前ですが、上下の関係性や役割分担は自然発生的にできていくのですが、秩序ができていないから、割り振られていない仕事を発見することそれ自体が多くの職員にとって単なる損になっていました。だれもそのような情熱を持ち合わせていません。

 また、仕事についてはマニュアルが非常に乏しいことも離職の原因になっていました。そもそも、障害福祉、僕の場合は就労継続支援事業を中心にした仕事をしておりましたので、「どうなったらゴール」というものが存在しません。しかし、やるべきことは山ほどあります。例えば、新人教育について何をすべきとかいう決まりも一切ありませんでした。何をすべきか分からなくなった新人が、目を泳がせたまま3か月以内に離職していく場面を何度も目撃してきました。

 ついでに書いておけば、僕という人間は社会福祉に明るくもなく、情熱的でない人間であります。ただ病的に真面目なのみであります。

 しかしそこで「新人に教育するためのマニュアルとかいるんじゃね?」と思ったとしたら、統括責任者から「じゃあやって」と丸投げされ、日常業務と平行してそれらに着手せねばならず、手当も出ません。よって放置されて年単位経過している状態でした。

 また、統括責任者は、「なぜ従業者に無気力な人間が多いのか」と、真剣に不思議な顔をして考えていました。絶望的に、職場というものが見えていない人でした。

 

ヒヤリハットが年0枚

 仕事を発見することが損失になっている職場の現状と、福祉に熱い従業者の情熱が実質0円で買い上げられているゆえに、仕事への情熱の枯れ果てた職員が多くいる分野では、ヒヤリハットが年に1枚も出てこないことがありました。職員に聞き取りをすると、ヒヤリハットを書く紙がどこに置いてあって、提出先がどこなのかもわかっていない人が多数でした。

 これは、多少福祉にかかわる方であれば、高齢であろうが児童であろうが障害であろうが、狂っている状態であることがわかると思います。ヒヤリハットがないということは、利用者やその関係者がすべて満足するサービスを提供できている完璧超人な職員と統括責任者がそろった完璧法人ということになります。アホか。

 自分で書いた経験からしますと、そばにPCがない場合、ボールペンで状況や対応を細かく書いて報告する作業は、時間もカロリーも中々消費するものであって、「ヒヤリハットを書く状況を発見/遭遇すること」自体、職員が損をしたような気持ちになることがすぐわかりました。

 

「金出してヒヤリハット書いてもらうのはどうすかね」

 僕は4年目だったその職場で、当時きっちり指名こそされないものの、管理職めいた仕事をぼちぼちと投げられるようになっておりました。そして、障害福祉サービスに多少関わる中で、自分の職場では提供したサービスを省みる機会があまりに少ないことと、積み重なったデータとしてのヒヤリハットは、今後の法人や職員の財産になっていくと考えたので、急激にこの辺の改革が必要になると思いました。

 ある日の会議で、

 

「現状ある分野からヒヤリハットが年単位で全く出てこないのは、仕事としてすべきことという認識がないのだと思うし、監査が入った時に結構ヤバイと思うので、買い取り式みたいにして出してもらうのはどうか」

 

と発言しました。例えば、一枚300~500円、上限10枚くらいで、サービス提供時の不安解消やクレーム処理の対応がどんどんマニュアル化され、働きやすくなるのでは、みたいなことを提案しました。

 そうしますと、「ヒヤリハットに金出すって聞いたことない」「俺だったら毎月10枚一行だけ書いて出すわ」「そもそもせなあかんことやねんから、仕事に含まれていることを認識させるように指導するのが先じゃないか」と、半笑いで8人くらいに意見されたのでした。まさに書いていない人の口々から、「そんなもんに金出すか~」と言われたのでした。

 

半笑いで流されたその後

 僕はその時「ああ、俺は、周囲が見えておらず、世間知らずだから、おそらく相当にぶっとんだ意見を言ってしまったんだろうなあ」と、イラっとしながらも、結構反省しました。僕は、自分の組織にに愛とかは全くなく、与えられた仕事に対して結果を出そうと考えた一案として提案したわけで、そこに私欲とか全く挟んでいないのですけれども、その意見は全く違う何かに聞こえたのだと思いました。

 僕はその出来事とは関係なく(まあ含めてってことかもしれんが)、半年後その職場を辞めました。

 そっからさらに半年くらい経過した現在、あのとき周囲に半笑いで反応された僕の意見について、考えれば考えるほど、『いや、別にそんな変な意見だったのかな?』と反発する気持ちがあるのです。

 

そんな変なこと言ってないと思うんですけど

 通常の職場だったらバカげているのかもしれんのですが、仕事の発見が職員の損益感情をくすぐってしまうような職場で、ヒヤリハットを仕事の範囲として認識させてきっちり集められるような方法って、法人が痛くない値段でヒヤリハットを買い取るのは、僕が見えていない現実的じゃない点があるのだとしても、別にものすごくぶっ飛んだ意見じゃないと思うんですよ。何回考えても。

 僕が適当に挙げた上記の値段で10枚書いたところで、法人が出す金って、一人につき5000円/月くらい。10枚きっちりヒヤリハット書いたら中々の労働力ですよ。別にバカげた値段設定でもないと思う。それに、書いてあることは意味のないものじゃなくって、積み重なった時に今後の仕事に結構ダイレクトに跳ね返ってくる。ヒヤリハットを書くハードル自体が上がり切ってしまってるから(これは書く程度でない、と自己判断されて隠蔽されていた)、ハードルを下げることもできる。そして監査時、きちっとクレーム対応しているという言い訳も立つ。書く側は、たばこ代とか夜勤明けの朝食代程度に見返りのあるわかりやすさがあるから、書くモチベーションにも、ヒヤリハットを見つける目を育てることにもなる。

 もちろん、法人にとって値段が痛ければそれは調整すればいいし。要するにきっかけになってくれたらいいんですよ。

 そんなに、馬鹿にされるくらい笑われるような意見なんかしら。辞めてしばらく経過したあとも、この考えがそんなに世間知らずで恥ずかしいものだったとは思えないのでした。

 

 と、いうことを急に思い出して書いた。長かった。