がんばらないTURBO

元不登校かつ人苦手マンなもんで、大体うらみごとと考えごとをしている。そしてブログにまとめる。音楽、お笑い、e-Sports、本、投資、うすぼんやりした美術鑑賞。

ブログ書くの頑張らなくていいやと思った話

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 なんといいますかね、ブログって書こうと思ったら延々と書けるんですよね。

 ただ、僕はつくづくそれを「どうか皆さん読んでくれ!」と人に言いたくないのだとブログを書いていくうちに思ったこの数か月なのでした。

 いやー、不思議だね。なんだろうね。

 こうやって、どっかの誰かがフラっとやってきて、読んでまたフラっと帰っていく、ということなら気持ちもざわつかないのだけど、ブログとして書いた何かの中に「ぜひとも読んでほしいこと」がないのよね。だからこう、ツイッターと連携して『読んでほしさ』をむき出しにする(ように見えてしまう)ことがどうしても合わない。記事を書くために頑張ることができても、読んでもらうために頑張りたくない。「読め」といえるほどこのブログに何かあるわけでないので。

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 以前書いた通りですけど、このブログってグーグルアドセンスの審査を一応通しておりまして、読んだ方の一部がうっかりと広告をクリックして、うっかりその先で何か購入するようなことがあれば、僕のところにお金が入ってくる仕組みになっております。

 そして僕は、金が欲しい。

 金が欲しいというより、安心して暮らしたい。そのために金でないものがあるんだったら別にそっちでもいい。

 お金のためにブログをやるとなると、やらなきゃならんことが結構わかってきた。それは、簡単に言えば、そのブログを書かざるを得ないほど書く動機が存在し続けることなんですよね。ブログのコンセプトやデザインや、記事の構成、素材集めみたいな、枠組みを作っていくことは、ただ脳から出る文字をタイプしていく作業とは全く別種の作業で、どっちかの実力とか才能とか適性が欠けていれば、継続していくこと自体の原資は「情熱」に依存していくのだと思うわけです。

 結局僕はお金のために、「お金を得るにふさわしいその他の素敵ブログ」を作るほど情熱を持てなくて、気が向いたときにきままに更新していくしかないのだなと思うのでした。

 僕は文字の連なりを引き延ばすことだけはできる。それ以外のことで労力を支払い続けることはできなかったのでした。

 まあ将来に期待だな!来世も含めてな!今世はもう捨てた!

 

 当初はねえ、頑張ってテーマを探してかっちりした記事を一人であっても量産し続けていれば、いずれは何かの記事が大ヒットして金を生んだりするんじゃないかと半勃起していたのですが、もちろんそんな大ヒットの記事は書けないし、大ヒット記事に対してコンセプトも内容も味も薄く、下手すると3日くらいに分けてそこそこ手を付けて書いた記事を読み返してみて「クソおもんないし無理してる感じあるし」と消すことが数度続いた時点で、向いてないと思いました。そしてパチスロで日銭を稼ぐことにしました。

 一週間前くらいから「頑張ってテーマ探してメモして下書きして画像探して」みたいなことを考えなくなったら、急に垂れ流しの記事をダラダラ書くモチベーションが復活してきた。

 文字だけで思いついたことを書こう。もういいや。

 

www.gambaranai.com

 ちょっと前に書いたDAWを買ったら云々といった記事に関連してなんですけども、世にいうプロブロガーと呼ばれる方々の著書とか、ちょろっと読んでみたりしたんですね。「リスクゼロで始められるんだからやるべし」とか「好きなことを文章にしていただけなのに」とか、まあ本当に気軽に始めたことがお金になってラッキハッピー(國府田マリ子)といった感じなんですけども、残酷な話単なる才能ですわ。

 「俺文章書くのだけは苦じゃないよ!下手すりゃプロブロガーいけんじゃね?」「副収入あるんじゃね?」と思ってはみたが、上記の通り、人一人でまともに固い情報性のある記事を適したコンセプトと構成で作ろうと思ったら、一本数時間じゃさっぱり足りんのですよ。もし足りるんだとしたら、それは適性ですよ。残酷物語。

 そして、「DAWやろうと思ったらPCデスクの買い替えまでいるんじゃね」と思ったように、極端な話が、「ブログをやるに向いているデスクとPCと椅子があって、集中できる環境があった」という、『生まれながらの才能』だったわけです。

 で、適性とか才能とか、先天的で動かせないって面ももちろんありながら、僕は才能や適性は使いまくればある程度育つとは思っておりまして、もちろん僕だってこれから先AV女優としてデビューする可能性が無きにもあらずなわけです。しかし単純にこの理屈だったら、「その方面について使う筋肉を鍛える生き方をしていたか」によって才能や適性の濃さは決まりますし、全く未知の分野が自分の持つ筋肉に合うかどうかは、さあさあ、いよいよこれはもう「運」ってことですわな。『やってみんとわからん』という希望的な見方もできますけども。

 少なくともね、僕は非常に薄い人生を送ってきた自信がありまして、自分が使える筋肉はめちゃめちゃ偏ってて限られると思っております。

 こんな、家で、一人で、部屋で、PCと向かい合っていろいろとやるだけの作業であっても、「過去もう少しコミュニケーションが取れている自分であれば」と呪う瞬間が死ぬほどありました。そしてそれは、『今から決して取り戻せない(ていうかおそらく死ぬので取り戻したくない)』ものでありました。

 だってよー、プロブロガーも極まってきたら、テーマだけかっちり決めたら記事自体は外注したりすんだぜ。実業家やん。コミュ力爆発ですやん。ムリ。死ぬ。何にしても、金を生むものや、それを生み出す発想力やその人自体はダテじゃやってられんですよ。「おもろいから読めオラ!」って言わないと。

 

 きままにやっていきとうございます。