がんばらないTURBO

元不登校かつ人苦手マンなもんで、大体うらみごとと考えごとをしている。そしてブログにまとめる。音楽、お笑い、e-Sports、本、投資、うすぼんやりした美術鑑賞。

不登校児は「老けた不登校児」として社会に放逐されがちなのでは

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「かつて不登校だった方々」というのは、どういうところのゴールを求めてるかは人それぞれだと思うのですが、例えばでっかいメディアで語られる「不登校」は「現在(精神的・実際的に)不登校でない」という状態を『上がり』として語られるイメージが多いんですよね。

 

「今立派に働いてますよ」とか。

「もう学校通えてますよ」とかね。

「親・友達・恋人・信頼できる先生に救われたお蔭で」とかさ。

 

自分の場合は、あ、元不登校だったんですけど、「今学生でない」というだけで、精神的に全く不登校児と変わってないんですわ。35歳なんですけど。

 

不登校児は、例えば「いじめられて学校に行けない」「勉強についていけない」「家庭事情で自分の労働力が必要になってる」という、理由が明確なパターンもあれば、漠然と「学校という空間が嫌」というようなパターンもあって、「現在(精神的・実際的に)不登校でない」という上がりが存在しない人も結構いると思うのです。

 

不登校が世間に登場するとき、何か明確なストーリーが必要なもんで、「上がり」を提示して紹介されるのを、当事者としてぼんやりみながら現在に至っているんですが、そのバリエーションも増えてきてると思います。

 

でもやっぱ、「どうにかなること」ってすげえプレッシャーだなと思うわけです。

 

そんで、僕はこの夏、潰れました。ギャフン。

 

自分は自分のパターンしかダイナミズムを持って語れないんですけど、致命的に人が苦手で、その場限りの知り合いしか作らず、ドロップアウトのたびに友人(未満)の人が全部変わっていって、その「変わっていく」ってことに心底安心してしまうような人間なのですね。僕。

 

それでも、「人は一つの職場で、仕事と人間関係を高めながら、ある程度の期間勤められるものなのだ」「俺はまだ人でないのだ」と職場で戦いながら、「今後を見据えた人付き合い」について考えながら、それでいて自分への負担をできるだけ減らして、社会生活を送っておりました。

 

それが、この年齢で、もうちょっと限界かなと思ったんです。

 

僕が不登校当事者の頃、まず初めに、「不登校自助グループ」というものに通うところからはじめました。

そこには、同じように不登校で悩む自分と近い年齢の男女がいて、月に一回の会合の中で、ダラダラと世間話をするようになりました。時々はイベントごとが開かれるので、出かけたりもして、それなりにその場にいる人と話すようにもなりました。

そこに身を置きながら、

「狙いはつまり、同年代の同じような人がいるってことを認識して、同じ目線で話すことに慣れていけば、最終的に社会にもう一度出る切っ掛けづくりになる、って感じだろうか」

と考えていました。ただ同時に「最終的にこれどうなんねん」と思うと、別に誰かが解答を用意しているわけじゃないんですよね。これ、すげえ残酷な話だと思ったんです。

そこに参加する人なんてさ、自己解決能力が無かったり奪われたりした人ばっかなわけでさ。

金や働きやすい仕事が準備されるわけでもなく、実際そこには20代後半になって、どういう状態かも一切不明な人もいた。もちろん、働き始めた元不登校時もいた。

そういう「現状に言及されない空間」だから居場所として価値があるってことかもしれんが、自分や親が着実に老けていく状態に危機感があるから「脱したくて」この自助グループに参加するのでは、という気もしていたわけです。

 

「あ、結局自分でやってかないとダメなんだな」と、僕は思ったのでした。

 

それに気づけたのはもちろん自助グループのおかげだったんですけど、自分でなんとかならんと思ったあとに、「自分でなんとかしていくしかない」という結論をいただけるって、ひでえ話だな、とは思ったものです。今も思うし。

 

そうして、自分がどういう不登校のパターンかを改めて認識すると、学校外にその原因があるんじゃなくて、学校という空間そのものが苦手であったため、

 

「今後何年かかってでも、学校や類する組織やその空間を苦手じゃなくしていく」

 

という方向で、頑張っていくというふうに決めたわけですな。

 

そして折れたわけですな(20年経過)。

 

そして、「株とかやって生活できないかな」と、考え始めたわけですな。